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自転車通勤 [散歩をする。]

町田に住み始めてはや2年。
通勤キョリは6kmほどで、現在は自転車通勤である。

はじめこそ、坂がツライとか、渋滞がおっくうとか思っていたが、クロスバイクを購入してから一転。
毎日の通勤が愉快でたまらない。
昨年の3月に白いルイ•ガノを購入してからというものずっと快適にやってます。

もともと、ボストン時代は自転車通勤。
日本でもメットかぶって、クロスで車道走れるかわからんかったから、これまで保留だったが、最近の自転車ブーム背中をおしました。

昨日は新緑のロングライドに挑戦。
町田から江ノ島まで往復60kmを走破です。
境川はサイクリングロードがって非常に心地よい。

町田から江ノ島まで約1時間30分程度。
昨日1日だけで1500kcal消費です。




さて、自転車通勤のハナシですが、先日、某放送協会の記者で先輩のエヌ氏が
「自転車通勤が最近はやっているから、特集を組みたい」とのこと。
だれか良い候補いないか?とのお声にすかさず立候補。

そしたら、町田じゃそりゃー自転車使って当然でしょ!
数字採れません!だってさ。残念。


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流れて良し、沈んで良しの沈下橋(四万十川) [散歩をする。]



この地方の子供たちに「川の風景」を描いてもらったら、ためらいも無く川の水を「エメラルドグリーン」で塗りつぶすに違いない。

そのくらい、土佐の水は澄んでいる。



tes.jpg
四万十川の支流の風景。こういうのを見てると長瀞程度で景勝地とする我々関東人がはずかしい




昔、コクゴの授業で沈下橋について扱った文章を読んだ。

「流れて良し、流されて良し」だったか?

そんなタイトルだった。
一見奇異な橋の合理性と、先人たちの知恵を説く文章だったと思う。
だれか覚えてる?


土佐の地方に沈下橋が多いのは何故だろう?
山深く、資材もそんなに無いからだろうか?
いや、日本でもっとも隔絶されたともいえるこの地方では、独自のセンスと技術を磨き上げて来たのだろう。


それにしても美しい。


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新谷沈下橋、クルマの中からでちょいブレが残念。あとで取り直したら西日が陰ってしまった。


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今日はGW。
本土では各地の行楽地へ向かうクルマで大渋滞だそうだが、ここ四万十川には関係ない話である。
これだけの風景があるのに、小一時間、だれも来なかった。

しばらく、橋の端に腰掛けて目をつむってみた。
聴いた音は、清流の流れと鳥のさえずりだけ。
とても同じ時間が流れているとは思えない。

そんな風景だった

金魚街 [散歩をする。]

風水を信ずる人々にとって、水の流れは重要なファクターらしい。
水の流れはお金の流れ。

それは大事だ。納得。



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(この日のレートは1HKD = 11.6 JPYでした。)



香港の繁華街、旺角(Monkok)の一角に通菜街というストリートがある。

通称"金魚街"

わずか200mほどのせまい一角にところ狭しと観賞魚屋がならぶ。
金魚は縁起が良いうえ、家の中に水槽の水の流れを作る事は風水上、好ましい。
だから、夜の通菜街はいつも大変な賑わい。


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(冬の無い地域だから、こういう売り方もへっちゃら)


面白いのはなんといっても豪快なそのディスプレイ。
金魚だけではなく、観賞魚は水槽に入っているような熱帯魚もこのように、ビニール袋に入れて引っ掛けているだけ。まるで縁日の屋台。

冬も温暖なうえ、国土が狭い香港ではどんなに遠くても1時間半くらいで帰宅できるから、大したケアせずに、そのまま袋で魚を持って帰れるのだろう。
しかし、ディスカス等、わりと発色に気をつかう魚たちもこんな売られ方をしているのは驚きだ。
あまり、そういう細かいとこは気にしないのだろうか?



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(水草もほら、この通り)


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(これだけのディスプレイを作るのにどんだけ時間がかかるんだろうか?しかも上の方、ディスカスいますよ!!)


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(おじさんは、本当にお店の方ですか?)



香港島の金融マンたちは市場が引けたあと、金魚街で魚を買って帰ったりするのだろうか?
なんでもかんでもショッピングセンターに行く事しかしなくなった日本人には、こうした専門店の集積街というのがどことなく懐かしく感じられる。



名称未設定 1.jpg


すべてDA21mm(単焦点)
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冬の伊予港 [散歩をする。]

昔から連れ立って旅をするのが苦手である。

一人で自由気まま。

旅ではこれが一番大事。


冬の海。
そんな一人旅には最適な場所。

荒々しさと、時が止まった湊町。

冬の海は美しい。


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(旅のトモは17mm)


松山市駅から"マッチ箱"のような電車に乗って、文字通りガタゴト揺られる事30分。

となり町の郡中港に到着。
ここは伊予市の中心。

湊まで歩いてみた。


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(郡中港駅、昼下がり)

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駅前に人はいない。
かわりに2匹のネコが出迎え。
カメラを向けるとすり寄って来る。


日曜日の昼下がり。
伊予市は見るからに平和そうな街である。

古い古い町並みが続く。
決して汚いわけではなく、かなり良く手入れされている。
街の人のプライドが感じられ好感が持てる。

町中に入ったと思ったらすぐに湊。
内港なので、船たまりが住宅街の中に突然現れる。

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(海までまっすぐ)

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この地方の港は、そのロケーションが独特だ。

どの街の港も、

「ウチの裏庭がちょっとした港になってるんだけどさー、」

といった表現がピタリとくる、街の奥まった場所にある。
北の三津港もそう。

案の定、その「裏庭」で釣りをやってる人がいる。
こんな内港で釣れるのか?
と思いきや、のぞきこんでみると、釣果はそれなり。

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"裏庭の湊"には必ずネコがいる。
ベネチアや江ノ島、尾道しかりで、クルマの無いとこにはネコ社会が出来やすい。

子供を連れたネコ。兄弟と思われる三毛猫。
ひなたぼっこをしているネコ。水を飲むネコ。

今日はヒトよりネコと会う方が多い。


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五色浜を越え、赤灯台まで行こうとしたが、波が高くて見るからに危険。
高さ四メートルほどの堤防が平気で波に洗われている。

このまま漁港の方へ行ってみよう。

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(今日の南予は曇りのち雪だそうだ。)


伊豫港には材木がたくさん積んであった。
輸出?輸入?

相変わらず、この街に着いてからヒトを見かけない。


誰が置いたのか、椅子がひとつ。
灰色の、でも心地よい風景がつづく。


静的なランドスケープ。

マイケルケンナは美しい静的自然美を描写するが、冬の港も何か共通して訴えるものがある。
廃墟を探索するような退廃的な美しさといったら失礼だろうか?



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市場の向かいには漁師町があった。
漁師町は不思議なもので、土地勘がなくってもそこが漁師町であることがすぐに分かってしまう。

平屋の家々。
屈強で日焼けした人々。
小さな造船所や部品屋さん。ふつうの街には絶対無い種類のお店の存在。
そして、神社には海のものに由来する名前が冠してあること。


とくに何があるわけでもないが、冬の港を歩くのは案外楽しい。

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混雑した通勤電車で目を閉じて、伊豫港に置かれた椅子のことを静かに考える。


なんだか心が少し落ち着くような気がした。


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パリ Métro探訪 "Arts et Métiers"駅 [散歩をする。]

Métroには個性的な駅が多い。
最近こそ、東京の地下鉄も大江戸線の様に建築家が手がける様になったが、パリではすでに100年前からそうであった。


なかでも3号線と11号線が交わる"Arts et Métiers"駅は特に斬新。

Arts et Métiers(アール・エ・メティエ)とは、「工芸」という意味だそうだ。
界隈に、国立工芸院(CNAM)やパリ工芸博物館(Musée des Arts et Métiers)があることにちなむ。

11号線のホームのデザイン写真)は潜水艦をイメージして設計された。
ベルギーの建築家"François Schuiten"による設計。
建築についてそれほど詳しい訳ではないのだが、ベルギーの地下鉄駅や愛知の万博パビリオンなどを手がける著名な建築家だそうだ。

http://en.wikipedia.org/wiki/Fran%C3%A7ois_Schuiten


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(11号線が入ってきたところ、魚眼レンズ使用)



パリ工芸博物館(Musée des Arts et Métiers)は人類の発明や発明の保管場所として設置。

さらにはメートル原器、パスカルの計算機、ラボアジエの実験道具、フーコーの振り子など、フランスの偉大な科学者たちの遺品が保管されている。
(フーコーの振り子は現在、本来の場所、パンテオンにあります。)



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(モチーフは潜水艦)





この駅に限らないが、パリのメトロはその駅ゆかりのものが建築に活かされていて面白い。
ガイドブックに載らない隠れた名所だ。

そんな駅で、折に触れてサックスが聞こえてくる。
地下なのでよく響く。



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(Arts et Métiers)




話しは変わるが、ラボアジエについて少し触れておこう。
ラボアジエは「質量保存の法則」や「燃焼についての定義」、「元素の定義」などの偉大な功績とともに近代化学の父として知られる。
彼は学者であるとともに、徴税請負人でもあった。
時代はフランス革命のさなかである。

王のための徴税請負人がギロチンの刑を免れるはずはなく、1974年5月8日、革命広場(現在のコンコルド広場)にて処刑された。

処刑にあたり、ラボアジエは「ギロチンによって切断された首に意識はあるのか?」という命題に対し、「処刑後も瞬きをし続ける」という実験を自ら行ったという逸話がのこされている。
実験結果は、「瞬きがしばらく続いた」らしいが、追試はだれも行っていない。


ラボアジエが愛用した実験器具は、ここ"Arts et Métiers"にある。



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(Arts et Métiers駅)







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テュイルリーの蜃気楼 [散歩をする。]



Rivorí通りを渡るとそこには遊園地があった。
テュイルリー公園の移動遊園地。

夏だけに現れる遊園地。
闇夜のRivori街にうかぶ巨大な観覧車はまるで都市の蜃気楼。



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(Rivori通りに面した観覧車、魚眼レンズ使用)




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(空中ブランコ、魚眼レンズ)



日本にはこうした移動式遊園地は見かけない。
何故だろう?

空中ブランコや観覧車、フライング•パイレーツみたいな大掛かりなアトラクションから、ウォータースライダー、ゴーカートレースなどがあった。

露天もたくさん。

射的、輪投げなど、日本でもおなじみのものも数多い。
えっ?輪投げ??


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(射的。どうやら紐を射抜くらしい。21mmレンズ)



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(綾波レイのようで綾波レイでは無い謎のキャラ)




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(ロック•クライミングなんてものもあった。5€は高い!)



夏時間のパリは日の入りが遅い。
暗くなったこの時間はすでに11時近いがとても賑やか。
夏時間を採用する日の入りが遅い国では、子供も自然と夜更かし(?)だ。



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(夜11時過ぎ)




このエアーポケット的な遊園地を抜け、Rivori街へ戻ると、いつもの闇夜のパリであった。


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(深夜のRivori街)





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パリの蜃気楼。

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パリ18区界隈〜モンマントルの丘からピガール〜 [散歩をする。]

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(サクレ•クール寺院)


パリ•コミューンと政府軍の戦いは文字通り血で血を洗う激しいパリ市街戦へと発展して行った。
コミューンと政府軍の衝突はここモンマントルの丘から。

戦争後、役目を終えた大砲を政府軍の将軍2名が、左翼系組織と民衆に捕えられ即銃殺されたことに始まる。
以降、泥沼の市街戦はおびただしい死傷者を出した。
一説には10年にわたるフランス革命の犠牲者をわずか72日間で凌駕したともいわれている。
モンマントルの丘は死体置き場、サクレ•クールはその慰霊のために建設された。

そんな場所だ。


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北駅から歩く。


MetzからのTGVは東駅に到着。
ルクセンブルクのけだるい天気から一転、かなり天気のよい写真日和の1日。
北駅のホテルに荷物を預けて北へ向かう。
連れは、魚眼と21mm。

パリは4度目。

MAGENTA通りを北へ進む。
この界隈は礼服屋さんが多い。


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(Barbés Rochechouart駅, Métro 2号線)


この交差点はガイドブックには無いがかなり賑やかだ。
信号のところで焼きトウモロコシを売っていた。
週末にはアフリカ系の人たちがやたらと目につく。

角に"TATI"という衣料量販店がある。
派手なロゴでかなり昔からあるお店。ワゴンの値段を見ると、とにかく安い。

ここを曲がって、ピガールの方へ進む。
途中で適当に右折して、丘を目指すつもりだ。



丘へ登ってサクレクールへ


地上を走る2号線が地下に入ったくらいで右に曲がると急坂だ。
ここは、パリで最も標高が高いらしい。

なるほど、セーヌ川が大きく蛇行しているのはこの丘のせいか。


slope.gif
(Anvers駅手前の坂を登ったところ)



サクレクール寺院の真下に到着。
情報によると、強引なミサンガ売りが出没とあるが、案の定、大量にいた。
子供連れの観光客は軒並み引っかかっている様子。
こどもにつけるのはちょっと卑怯だね。(写真1枚目の右側家族連れ参照)


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(寺院の正面には大道芸人が集まっていた。)



白亜のサクレクールは20世紀に入って完成した、比較的新しい寺院である。
建設から歓声まで40年の歳月がかかっているらしい。
この場所から、パリが一望できる。

美しい。


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(寺院入り口から。パリが一望できる)


寺院のてっぺんは昔に登ったので今回はパス。



テルトル広場


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(テルトル広場、似顔絵屋さんがならんでいる。)



相変わらず日差しが強い!
丘を登ってきたのですこし疲れる。

画家が所狭しと並んでいるこの広場には昔から芸術家が集う場所らしい。
ピカソやユトリロ、ゴッホたちが日夜芸術論を語っていたとか。

もしかしたら、印象派の人々がここで日夜、浮世絵の技法を議論していたのかもしれない。

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(広場のカフェ、もちろん観光客しかいません)




広場からピガール

テルトル広場もまだ丘の上の方にあって、ときおり家の隙間からパリの町並みが眼下に広がる。
晴れているのでなんとも心地よい。
このまま坂を降りて、ピガールへ向かった。



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(丘の上のアパート)




posta.jpg
(途中のポスター屋さん)


ものすごい急坂を降りて行って、地下鉄の通りに出たらピガールはすぐそこ。



ピガール(Pigalle)という映画があった。
内容は良く覚えていないが、ストリッパーが出てきてモヤモヤな生活をおくって、、、、という様な内容だったと思う。蔦屋で借りたことがある。

それ以外にも、ピガールは良く映画に出てくる。

つまり、ドラッグ、暴力、風俗、麻薬が似合う歓楽街だ。
キャバレー「ムーランルージュ」もこの辺にあるらしい。
英語版All aboutの記事を拝借すると、

Get naughty during your next visit to Paris by visiting the notorious Pigalle Place, an epicenter of sex shops, peep shows, strip clubs, cabarets and general adults-only, X-rated adventures.

と、散々である。
何も、"the"をつけなくとも、、、、


真っ昼間から風俗街の呼び込みらしき黒人がガンガン話しかけてくる。


でも、実際はそんなに怖くない。
まあ、歓楽街だ。


ここからメトロに乗って、18区を後にした。





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(ピガール広場、昼間でもぽん引きが沢山いた。)




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ルクセンブルク出張 [散歩をする。]

仕事でルクセンブルクに来ています。
1週間の滞在予定でパリ経由で帰国します。

ここ、ルクセンブルクは日本人には馴染みの薄い国ですが、GDPが極めて高く、物価も高めです。
今週はずっと仕事ですが、なんとかやって行きます。

担々麺食べたい。。


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gare de luxembourg


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赤道を越えても腐らない水 [散歩をする。]

自宅のそばを流れる境川は八王子から江ノ島までを流れる細いながらもかなり長い川だ。
川沿いを町田から南に下って行くと、国道246号を越え、田園都市線の線路をくぐったあたりに、川をまたぐ大きな大きな構造物にぶちあたる。



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(横浜市水道、境川、南町田)





夕暮れにはえる銀色の4本のアーチが美しい。

この突如としてあらわれたアーチの招待は横浜市の水道管である。
そう、ご存知の方も多いと思うが、人口360万人の水はこの水道管によって、山梨県道志村から運ばれている。

道志村は山梨県だが、非常に山深い秘境のような場所にあって、隣接する神奈川県相模原市はおろか山梨県からでさえもアクセスが困難だ。そんな道志村に横浜市は水源林をもっており、道志川の清流はこの水道管を通して延々と運ばれるのである。



さて、この道志村から運ばれた水は、世界中の船乗りたちに愛されたそうな。
横浜に寄港した世界中の船。
横浜で道志の水を積んではるかインド洋やカリフォルニアへ向かった船乗りたち。
かれらはこの道志の水を「赤道を越えても腐らない水」として重宝した。



港が開港して150年。
今日も変わらず、こうして水が運ばれている。


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副都心線特集、最初の脱落者は池袋? [散歩をする。]

「今日は帝劇、明日は三越」

昭和初期に流行った銀座線のキャッチコピー。
今も昔もデパートにとって地下鉄は文字通りの生命線だ。
平成を20年も過ぎた今、三越の没落を除けば変わらない。

新しい副都心線はさしずめ、
「今日は神宮、明日は伊勢丹。」
だろうか?

副都心線が開業して池袋新宿渋谷それに原宿(明治神宮前)。
各地域間ですさまじいバトルが行われているという。
副都心線の新宿三丁目駅の開業によって2つの地下鉄駅が直結する伊勢丹は開業に向けて150億円かけて改装した様だ。
今回の投資によって100億円の増収を見込んでいるという。

池袋勢もだまっていない。
西武デパートが300億円、東武デパートが129億円を投じて改装し、顧客の維持に必死である。
(やっぱり東武はお金ないのね、、、)



しかし、池袋勢が劣勢になるのは火を見るより明かだである。
これは、少なくとも10年前からわかりきっている。

副都心線の池袋駅は遠い。

これに尽きる。

と、言うのも、副都心線の池袋駅は、池袋の極めて端っこにある。
副都心線の池袋駅は西池袋と改名したほうが良い。


もちろん、遠すぎて東武デパートに行こうとは到底思わない。
西武デパートなんてもっての他で少なくとも10分は歩く必要がある。
(丸ノ内線の新宿と新宿三丁目駅の間の方がずっと近い)

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(池袋駅界隈の地図、左上が副都心線の池袋駅)


おそらく東京メトロ(当時は帝都高速だった。)は他線に客を取られまいとしてあえて池袋駅を不便な使いにくいところに作ったのであろう。別の言い方をすると、池袋は東京メトロに切り捨てられたと言ってよい。


対照的に、東京メトロは渋谷には力を入れてくるだろうと思われる。
渋谷駅はゆくゆくは東横線との(地図上では)ターミナル駅に成る。
東急文化会館の土地を自由に使える事によって、安藤忠雄の新しい駅が出来た。
これだけ見ても渋谷には東京メトロはチカラを入れている。

しかし、副都心線の池袋駅界隈は池袋の中でも極めて治安が悪いし風紀上好ましくない一帯で、再開発もなしに今後この地域のポテンシャルがあがるとは思えない。

まだ、結果が見えない段階だが、池袋が極めて不利である事には変わりない。

今後が注目である。


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