瀬戸内海の離島探訪、二神島 [散歩をする。]

1972年の「National Geographic」誌に「古きよき日本の情景を残す島」として紹介された島がある。近代化されていない昔ながらの日本の原風景と暮らしがそこにはある。以来、アメリカの地理の教科書には二神島が口絵に登場していた時期が有ると言う。
日本人なら一度はこういう離島を探検してみたいと思うのではないだろうか?

交通
愛媛県、松山の港「高浜港」より中島汽船のフェリー又は高速艇に乗る。所要時間はフェリーで約90分。高速艇で75分程度。場所的にはもう、山口県に近い。
瀬戸内海に浮かぶ二神島は人口197人(113世帯、平成18年12月)の典型的な過疎の島だ。
主な産業は漁業と農業。
平地が少ないため、斜面にみかん畑を作り生産している。漁業はタコが有名で、二神の港のにはたこつぼが沢山あり二神独特の風情を出している。

島へ、
一度、離島に行ってみたいと思っていた。
瀬戸内海の島々は1000年以上の歴史の積み重ねが息づく村々が沢山ある。
そこで、最後の日曜日、思い立って島に行く事にした。
高浜港を9時25分に出航した中島汽船は釣島、中島を経由して12時過ぎ、灼熱の日差しの中、二神島へ到着。
中島汽船を降りたのは12人。
意外と多い。(その理由は後でわかった)
港にはお迎えの人が数人いた。
どうやら島の方の49日がお寺であるようだ。
フェリーを降りた人は三々五々散ってゆく。
5分後、郵便袋を担いで行くおじさんを後にすると港には僕一人。
港を後にしてメインストリートを歩く。
メインストリートは海岸沿いに一本だけ。

これで全て、右側には細かい路地が左側にはたこ壷と港がある。
商店は1軒、自販機無し、民宿の看板は1つあるが、宿泊客がいないのは明白。
なにせ、島内でよそものは私一人である。
メインストリートには島の老人たちが集まり話に花を咲かせている。
そんな脇を自転車で通る人。
先ほどの郵便袋を持っていたおじさん。
島は実にのんびりした時間が流れている。
左:2003年の衆議院選挙のポスタがまだ貼られたまま。民主党だけビリビリに破かれていた。当時の選挙結果を良く反映している。
右:島唯一のガソリンスタンド。昭和の香りがする古い型だ。でも、人がいないのでどうやって入れたらいいのだろう?島民全員が知り合いでないとやって行けないシステムだ。

左:海水濾過のミニプラント。逆浸透膜を使って淡水化する。離島には必需品。
右:島唯一の診療所。ずっとしまってる様な感じがする入り口である。

左:天日に干された網
右:海への通路

左:島の簡易郵便局
右:ビャクシンの森。自生地は全国的にもここくらいだという。

左:集落の路地の奥の方からの眺め。遠くに中島が見える。
右:島中に斜面の畑に向けてトロッコが張り巡らせれている。

左:メインストリートその2。猫が一匹歩いているだけだった。
右:中島汽船の高速艇が到着。到着の時間だけ、どこからかオッチャンがバイクでやって来て切符を売り、接岸を手伝う。

二神の港にはたこ壷が無造作に山積みされている。
おじいさんがツボの中身を削り落とす作業を延々やっていた。
二神の島の人々は意外にも山口県長門をルーツを持っているらしい。(といっても数百年前)
南北朝時代、長門の武将に従っていた豊田家一族が伊予の河野通春の討伐に向かったあと、二神島へと移住した様だ。それ以来、二神姓を名乗っており島にはたくさんの二神さんがいる。
その後、瀬戸内海には海賊が跋扈する。
そして、中世(江戸時代)には、瀬戸内海は流通の中心的な役割を果たす。
廻船が盛んに往来し、朝鮮からの朝貢に来た人たちもこの地を通った。
二神島に限らず、このあたりの島は、風待ちなどで港が発達し、代官所やお茶屋、そして大きい所では遊郭の様な所もあった島もあるという。
そして、島にはお墓がとても多い。人口200人弱なのにお墓それ以上だ。
コレこそが、この島が如何に歴史が古いかを象徴している。

あなたもそんな日本の島へ旅してみては?








情感溢れる写真ですね。
いいな(^^)v
by 八犬伝 (2007-08-30 23:10)
いいですよ〜。このあたりは風景写真を撮る人にとって未知のゾーンがたくさんですよ。残念ながら近日中に僕は東京に転勤してしまうんですが。。。
楽しいですよ。
by catenamas (2007-08-31 00:36)
のんびりした空気感がたまらないです
夏の午後にゆったりと散策したくなる場所ですねぇ(^^)
by maro* (2007-08-31 01:42)
おはようございます。瀬戸内海の離島は究極的にゆっくりとした時間が流れる島がたくさんありますよ。まあ、船の本数もそんなに多くニアので下手すると小さな島で10時間くらい滞在を強いられることもありますが。
by catenamas (2007-08-31 07:36)
まだこんなところが残っているんですねぇ。
nice! です。
by とり (2007-09-01 09:50)
この島は松山空港からの航空航路にもなっているようですよ。ずっと上空を飛行機が飛んでいました。
by catenamas (2007-09-01 21:20)
うわ・・・
とても懐かしい写真です。
私が小さい頃・・・30年前位には
毎年夏にここに来てました。
本当に思いいれのある島なんです。
その当時はまだ土葬から火葬になったばかり位じゃないですかね。
確かにお墓は多いです。
最後の写真、すごく懐かしくて声がでました。
そこの島のあるおにいちゃんと夏を過ごし
本当によく可愛がってもらって
ゴカイをほって釣りにいき
本当にあったかい人達ばっかりで…
毎年夏が大好きでした。
嬉しい写真ありがとうございます☆
by ゆぅ (2011-01-22 17:21)