パリ18区界隈〜モンマントルの丘からピガール〜 [散歩をする。]

パリ•コミューンと政府軍の戦いは文字通り血で血を洗う激しいパリ市街戦へと発展して行った。
コミューンと政府軍の衝突はここモンマントルの丘から。
戦争後、役目を終えた大砲を政府軍の将軍2名が、左翼系組織と民衆に捕えられ即銃殺されたことに始まる。
以降、泥沼の市街戦はおびただしい死傷者を出した。
一説には10年にわたるフランス革命の犠牲者をわずか72日間で凌駕したともいわれている。
モンマントルの丘は死体置き場、サクレ•クールはその慰霊のために建設された。
そんな場所だ。
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北駅から歩く。
MetzからのTGVは東駅に到着。
ルクセンブルクのけだるい天気から一転、かなり天気のよい写真日和の1日。
北駅のホテルに荷物を預けて北へ向かう。
連れは、魚眼と21mm。
パリは4度目。
MAGENTA通りを北へ進む。
この界隈は礼服屋さんが多い。

この交差点はガイドブックには無いがかなり賑やかだ。
信号のところで焼きトウモロコシを売っていた。
週末にはアフリカ系の人たちがやたらと目につく。
角に"TATI"という衣料量販店がある。
派手なロゴでかなり昔からあるお店。ワゴンの値段を見ると、とにかく安い。
ここを曲がって、ピガールの方へ進む。
途中で適当に右折して、丘を目指すつもりだ。
丘へ登ってサクレクールへ
地上を走る2号線が地下に入ったくらいで右に曲がると急坂だ。
ここは、パリで最も標高が高いらしい。
なるほど、セーヌ川が大きく蛇行しているのはこの丘のせいか。

サクレクール寺院の真下に到着。
情報によると、強引なミサンガ売りが出没とあるが、案の定、大量にいた。
子供連れの観光客は軒並み引っかかっている様子。
こどもにつけるのはちょっと卑怯だね。(写真1枚目の右側家族連れ参照)

白亜のサクレクールは20世紀に入って完成した、比較的新しい寺院である。
建設から歓声まで40年の歳月がかかっているらしい。
この場所から、パリが一望できる。
美しい。

寺院のてっぺんは昔に登ったので今回はパス。
テルトル広場

相変わらず日差しが強い!
丘を登ってきたのですこし疲れる。
画家が所狭しと並んでいるこの広場には昔から芸術家が集う場所らしい。
ピカソやユトリロ、ゴッホたちが日夜芸術論を語っていたとか。
もしかしたら、印象派の人々がここで日夜、浮世絵の技法を議論していたのかもしれない。

広場からピガール
テルトル広場もまだ丘の上の方にあって、ときおり家の隙間からパリの町並みが眼下に広がる。
晴れているのでなんとも心地よい。
このまま坂を降りて、ピガールへ向かった。


ものすごい急坂を降りて行って、地下鉄の通りに出たらピガールはすぐそこ。
ピガール(Pigalle)という映画があった。
内容は良く覚えていないが、ストリッパーが出てきてモヤモヤな生活をおくって、、、、という様な内容だったと思う。蔦屋で借りたことがある。
それ以外にも、ピガールは良く映画に出てくる。
つまり、ドラッグ、暴力、風俗、麻薬が似合う歓楽街だ。
キャバレー「ムーランルージュ」もこの辺にあるらしい。
英語版All aboutの記事を拝借すると、
Get naughty during your next visit to Paris by visiting the notorious Pigalle Place, an epicenter of sex shops, peep shows, strip clubs, cabarets and general adults-only, X-rated adventures.
と、散々である。
何も、"the"をつけなくとも、、、、
真っ昼間から風俗街の呼び込みらしき黒人がガンガン話しかけてくる。
でも、実際はそんなに怖くない。
まあ、歓楽街だ。
ここからメトロに乗って、18区を後にした。








暑そうなパリの夏ですね。
パリって、黒人の占める割合が一番多いのではないでしょうか
ヨーロッパの中で一番。
by 八犬伝 (2009-08-03 22:06)
こんばんは。
この日のパリの青空は、写真にはこの上ない天気でした。
フランスはアフリカに近いですし、つい最近までアルジェリアなどのコロニーがあったからやっぱりアフリカ系移民が多いんですね。きっと。
でも、アメリカとは180度違った印象です。アメリカ生活の視点から見ると、人種による職種の分類が無かったのが一番印象的でした。
by catenamas (2009-08-04 01:27)